絵師として、
イラストを楽しむ立場として
「生成AIイラスト」とどう向き合っていけばいいのか。
しんたけ感情の整理をつけるぞ!
さっさと結論を見たい場合はこちら!
序章(前提知識)



まずは著作権を一緒に復習していこう〜
著作権法:第109条
著作権侵害をした場合の刑事措置は、
「10 年以下の拘禁刑」又は「1000 万円以下の罰金」、またはその両方
十年以下の拘禁刑若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
引用元:著作権法 第九章 罰則 第百十九条
実際にはもっと色々書いてあるけどね。
かなり重い処罰だよね。
著作権法:第21条(複製権)
著作者に与えられる最も基本的な権利で、
ネットの拾い画なんかも「複製」に該当します。
- サイトの画像を選択して「画像をコピー」
- SNSの画像を「ダウンロード」
- ドラッグ&ドロップで画像をコピペ
つまり、手法はどうあれ
あなたがとても素晴らしいイラストをスマホやPCに保存した瞬間、
無断複製
というわけです。
さて、ここで問題になってくるのが「侵害」に該当するか…
「権利制限規定」に該当するかという話ですな。
「権利制限規定」
著作者に許諾を得ず「複製」する行動は
無断複製
に該当しますが、
実際には、誰もが日常的にやっている行動です。
じゃあなんで「無断複製」が許されているのか?
それは「権利制限規定(第5款第30条〜47条)」があるから。
第30条から第47条の7までに規定されている「権利制限規定」に該当する場合には、権利者の権利が制限され、著作権者の了解を得ないで利用することが可能です。 権利制限規定は、あらゆる利用行為が対象とされている訳ではなく、例えば、「私的使用のための複製(第 30 条)」では「複製権」を制限して利用可能としており、「引用(第 32 条)」では「複製権」や「公衆送信権」等の権利を制限して利用可能としていますので、権利制限規定がどの権利を制限しているのかをよく確認した上で、利用可能かどうかを確認することが重要です。
引用元:令和8年度著作権テキスト
この法律のおかげで、
著作者になんでもかんでも許諾を得ずとも、ある程度の範囲なら複製することが可能となっています。授業利用なんかも該当します。
そして、日本では
生成AIに学習させることを目的にする場合も
無断で「複製」することは「権利制限規定」に該当するとして、
合法です。
無断複製というと聞こえは悪いですが、ここではあくまで善悪関係なく「許諾なしで複製した」行動をさします。
著作権法:第30条の4
実際に条文をみてみましょう。
生成AI学習を目的にした無断複製は著作権侵害に該当しないという法律はこの条文が定めています。
第30条の4(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、
その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、当該著作物の利用をすることができる。
ただし、当該著作物の種類及び用途並びにその利用の態様に照らして
著作権者の利益を不当に害することとなると認められる場合には、当該著作物の利用をすることができない。
生成AIという感情と思想を伴わない「無機物」に読み込ませることは
思想又は感情の享受を目的としない
こととして、合法というわけです。
たとえその結果吐き出される画像が思想又は感情を享受する目的であったとしても、読み込ませる行動そのものは「享受する目的」ではなく、
尚且つ、
その後ネット上に公表したとしても合法です。
ただ、これを見ると気になる一文があって
例えば(略)「表現上本質的な特長」を感じ取れるような映像の作成を目的として行う場合は、元の風景写真を享受することも目的に含まれていると考えられることから(略)本条の対象にはならないと考えられる
引用元:AIと著作権の関係等について
これってつまり、例えばオブジェクトやテイストなど抽出したい(享受したい)目的のもとに学習をするのはNGってことですよね。
このことから、AI生成時に参考画像として学習させる行為は本条の対象にならないという可能性が示唆されているように感じられます。



もしこれが法解釈として認められれば、かなり大きな反響を呼ぶことに…?
合法なのか、非合法なのか
前置きが長くなりましたが、
ここまでが、生成AIにまつわる主な著作権ですね!
現段階では、
無断複製した画像を生成AI学習させ、
生成画像をネットにアップする行動は原則
著作権侵害に該当しない
ということがわかりました。
(あくまで類似性依拠性の可能性を排除した話)
まあ、でも第30条の4の法解釈によっては
変わってくる可能性もありそうですな。
ファンアートとして
二次創作は原則非合法です。
そこに生成AIと手書きにおける区別は存在しません。
版権元が存在するファンアートである場合、
「キャラクターの具体的表現」に類似性が確認できる二次創作物は並べて
元の著作物を改変して新しい表現を作った「翻案(=二次的著作物の作成)」にあたり、版権元の許諾がなければ著作権侵害となります。
当然、
手書きだろうが、生成AIだろうが、著作権侵害です。
二次創作とは原則、著作権侵害に該当するものの、
財産権や著作権の利益を不当に害しておらず、
コンテンツの発展に寄与する存在として
版権元がお目こぼしをしてきただけ。
生成AIを通したからといって巷に言う著作権ロンダリングはできません。
キャラ寄せしてるんだから。
版権元が二次創作OKの場合の生成AI
じゃあ公式が二次創作のイラストを許諾している場合は
生成AIは完全ホワイトなのか。
結論、限りなく危険度の高いグレーという考えが一般的のようです。
明示的に生成AIの許諾OKの言及がある場合に限り、
ホワイトと言えるようです。むずかしいね。
「二次創作イラスト」=手書きが前提で、「二次創作」の枠組みにAI生成が含まれないという考えが普及しているせいなのか。
生成AIの利用を許諾している場合も、
「厳しい条件付き」または「AIをテーマにした特殊なコンテンツだからこそ許可されている」というケースがほとんどで、
現在は生成AIに対して消極的、懐疑的な態度である企業が多いようですな。
詰まるところ、
明示的に許諾されている場合を除き
二次創作を取り巻く生成AIの立場は結構アウトのようです。
これが明確な手書きとの差ですね。



ちなみに公式がファンアートコンテストを行うような版権元は大抵二次創作を許諾してる。ゲーム界隈が多い?
逆に許諾していないところがイラコンを行う時は「オリジナルキャラ」であることを前提としてますな。出版社業界とか。
どっちにしろ絶対AI出禁を貫いている模様。
序章まとめ
今のところ著作権法という大きな枠の中では、
手書き側・生成AI側共にほぼ同じ立場といえるけど、
企業ごとの二次創作規約という枠の中では
生成AI側を取り巻く環境は違う。
なんとなく肌感でまとめると、
現状、
法整備が過渡期で”白と言い切れない”、
著作権が不明瞭の生成AIを
企業は忌避している。
だから、
法律でOKだったとしても
二次創作規約では限りなくNGに近い。
という世間の周知が存在する。
本題
事実確認が終わったところで
気になってくる問題を書き出して、
一つひとつ考えていきます。
- 生成AIを取り巻く倫理観
- 著作権法が機能していない
- おかしいと唱える人は存在しないのか
- 海外との違い
- 企業はどう向き合っているのか
- クリエイターが今取れる対抗策
- 絵師としてどう向き合うべきなのか



GoogleのAI検索をつかいますぞ 💪



AIは間違えることがあるので事実確認が必須だぞ。
参考リンクがない場合は話半分だ!
れっつご!
生成AIを取り巻く倫理観
以下コピペ
1. 拒絶感の正体:人間の「感情移入」の対象が失われる恐怖
人間が他人の絵を見て「素晴らしい」「感動した」と思うとき、私たちは無意識のうちに画素の並びではなく、「その絵を描いた人間の背景(人間性)」に感情移入しています。
- 「何年も練習してこの神業のような線が描けるようになったんだな」
- 「このキャラクターへの強い愛があるから、こんなに切ない表情が描けるんだな」
SNSのユーザーがAI生成画像に抱く強い拒絶感は、「人間性や感情のやり取りだと思っていた場所が、ただの確率計算と大量生産の機械に侵食されている」という不気味さ(不気味の谷の変種)にあります。愛という感情を媒介にする「二次創作コミュニティ」において、機械的・効率的な消費ツールが持ち込まれることへの、一種の「神聖な場所を汚された感覚(忌避感)」が拒絶感の大きな正体です。
2. 倫理観のズレ:汗をかかない者が賞賛(利益)を得ることへの不快感
人類の歴史において、長らく「表現(アート)」は肉体的な訓練や精神的な苦悩といった、膨大なコスト(サンクコスト)を支払った者だけが到達できる領域でした。
生成AIは、プロンプトを入力する数秒という「ほぼノーコスト」で、他人が一生をかけて磨いた技術と同等以上のクオリティを出力します。
社会心理学において、人間は「他人が多大な努力で築いた価値にタダ乗り(フリーライド)し、自分は努力せず、さも自分の実力であるかのように賞賛(いいね・リツイート)を掠め取る行為」に対して、非常に強い不公平感と倫理的嫌悪感を抱くようにできています。これが「泥棒」と言われてしまう心理的背景です。
3. 「絵柄・作風の盗用」に対する倫理的な罪悪感の欠如
AI生成の多くは、実質的に「他人が描いた既存のイラスト(データ)」を教師として学習することで成り立っています。
法的には「データ解析だからセーフ」であっても、人間の倫理観から見れば、「他人が血のにじむような努力で確立した独自の絵柄やブランドを、本人の許可なく機械に吸い取らせてコピーしている」ようにしか見えません。
AIを使う側は「テクノロジーによる民主化だ」と肯定しますが、周囲からは「他人のアイデンティティ(作風)をリスペクトなく消費する倫理欠如の行為」と映るため、激しい衝突が生まれます。
4. コミュニティの「生態系」を破壊する外来種への警戒
手書きの二次創作は、描くのに時間がかかるため、ネット上に流通する量には自然な「上限」がありました。しかし、AIは1日に数百、数千枚のハイクオリティな画像を生成し、SNSのタイムラインやハッシュタグを埋め尽くすことができます。
ファンや手書きのクリエイターたちが抱くのは、「このままAI画像が氾濫すれば、手書きの絵が埋もれて見つからなくなり、クリエイターがやる気を失って絶滅してしまう」というコミュニティの崩壊への危機感です。生態系を壊す「外来種」に対する防衛本能のような拒絶感が、バッシングという形で現れています。
5. 「文化の発展」の意味の履き違え
著作権法の目的である「文化の発展」について、AI推進派と拒絶派では定義が根本的にズレています。
- AI推進派の倫理:誰もが絵を描けるようになり、新しい技術でコンテンツが高速かつ大量に生み出されることこそが「文化の発展」である。
- 拒絶派(手書き側)の倫理:人間が苦悩し、新しい表現を生み出し、人間同士が共感し合うプロセスそのものが「文化」であり、それを省略して機械が回るだけの世界は「文化の死」である。
まとめ:法律の「外」にある「仁義」の闘い
法的には手書きもAIも同じグレーゾーンであっても、人々がAIを拒絶するのは、AI生成が「他者へのリスペクト」「努力への敬意」「コミュニティの調和」という、人間社会を円滑に回すための基本的な道徳(仁義)を軽視しているように見えるからです。
技術がどれだけ進化しても、人間の「感情」や「不公平感」を無視した表現活動は、コミュニティ内での居場所を失うという冷酷な現実が、現在のSNSのバッシングの背景にあると言えます。



うーん、よくわからんが…
★クリエイターへのリスペクトが足りない。
★グレーなツールを使用することを是とする考えそのものに対する猜疑心…ならわかるな



法整備前のあぶねえもん使って利益を得ている
ってことね
著作権法が機能していない
以下こぴぺ。
1. 国が認めた「文化の発展を阻害する」という懸念
文化庁の有識者会議(文化審議会著作権分科会)でも、「このままではクリエイターが不利益を被り、創作活動を縮小させてしまう。それは著作権法第1条の『文化の発展に寄与する』という目的に反する事態だ」という意見が公式に議論されています。
2018年当時は「AI開発という新たなイノベーション(技術文化の発展)」を期待して作られた条文でしたが、結果として「人間によるクリエイティブな文化」を押しつぶしかねない状況になったため、国も「目的のミスマッチ」が起きていることを明確に認めています。 [1]
2. 国が打ち出した「ブレーキ(ただし書)」の具体化
著作権法第30条の4の末尾には、「ただし、著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」という、権利者を守るための防壁(ただし書)があらかじめ用意されています。 [1]
国は法律そのものを書き換える前段階として、この「ただし書」の解釈を大幅に厳格化し、「クリエイターの市場を阻害する学習は、30条の4の対象外(つまり著作権侵害)にする」というガイドライン(「AIと著作権に関する考え方について」)を策定しました。 [1, 2]
具体的には、以下のようなケースは「文化の発展を阻害し、不当に利益を害する」として、無断学習を禁止(30条の4を不適用)とする見解を示しています。 [1]
- 特定のクリエイターの絵柄・作風を狙い撃ちした学習:その人の需要を奪う目的(享受目的の併存)があるとみなされ、無断での追加学習(LoRAなど)は違法となる可能性が高くなりました。 [1, 2]
- AI学習用データ販売市場との衝突:権利者が「AI学習用」として有償販売・提供しているデータベースを、ネットから勝手にスクレイピングして学習させる行為は違法と判断されます。
3. 今後のさらなる検討:法改正や国際調和
文化庁や政府の知的財産戦略本部では、ガイドラインの策定に留まらず、以下のような「さらに一歩踏み込んだ規制」についての検討や情報収集を継続しています。
- オプトアウト(拒否権)の法制化:「私の作品はAI学習に使わないでほしい」とクリエイターが明確に意思表示(サイトへの記述や技術的制限)した場合、それを無視した学習を法律で一律禁止にする仕組みの検討です。 [1]
- 欧米の規制との足並み揃え:EUが2026年までに本格施行を進める「AI法」(クリエイターの拒否権を尊重するルール)や、アメリカでの相次ぐ大規模裁判の動向を注視し、日本の30条の4が「世界に比べて緩すぎる」という状態を是正するための議論が行われています。 [1, 2]
結論
国は第30条の4を「お墨付き」として放置しているわけではありません。「クリエイターの精神的・財産的権利を守らなければ、新しい文化は生まれない」という著作権法の原点に立ち返り、AI開発側に行き過ぎた特権を与えないよう、法律の解釈や運用の網をどんどん狭めていく方向で動いています。 [1]



やってる最中…ってことね。



いつおわるんだか。
EUですら2027年までかかるらしい。
おかしいと唱える人は存在しないのか
以下こぴぺ。
なぜ「時代遅れ」「おかしい」と言われるのか?
現行の著作権法第30条の4が成立したのは2018年です。このわずか数年の間に生成AIの技術が爆発的に進化してしまったため、当時の想定と現在の現実に「巨大なギャップ」が生じています。 [1, 2, 3, 4, 5]
1. 当時の想定:データ解析(人間には読めない処理)
2018年当時、国が想定していた「情報解析(AI学習)」とは、テキストの単語頻度を調べたり、画像の特徴を数値化したりする「統計的な処理(人間が鑑賞しない裏側の処理)」でした。だからこそ、「思想や感情を『享受(鑑賞・楽しむ)』しない利用だから、クリエイターの市場を奪うことはない」と判断されたのです。 [1, 2]
2. 現在の現実:クリエイターの市場や仕事を直接奪うツールへ
現在の生成AIは、学習したデータをもとに、人間が描いたようなハイクオリティな作品を数秒で出力します。
さらに、「特定の絵師のイラストだけを集中学習させて、その人の絵柄そっくりの画像を生成する(LoRAなどの追加学習)」といった、クリエイターの市場や仕事を直接的に脅かす使われ方が一般化しました。 [1, 2, 3]
これにより、「学習時は『享受目的ではない』という理屈でも、結果として出力されたAI作品が元のクリエイターの仕事を奪っているのだから、学習段階から規制すべきだ(=30条の4は今の実態に即していない)」という強力な批判が生まれています。 [1, 2, 3]
実際に声を上げている主な勢力
30条の4の見直しや、規制強化を強く訴えている代表的な組織や人々です。 [1]
- クリエイター・芸術家団体(日本漫画家協会、日本イラストレーション協会、日本音楽著作権協会など):
「自身の作品が許可なく、かつ対価(お金)も支払われずにAIの学習に使われ、自分の仕事を奪うAIが作られるのは到底受け入れられない」として、明確な法規制や「学習拒否(オプトアウト)の権利」を認めるよう政府に繰り返し要望書を出しています。 [1] - 大手新聞社や出版社などのメディア:
自社の記事や書籍が大量にAIの学習にスクレイピング(自動収集)されていることに対し、「知財のフリーライド(ただ乗り)だ」として、30条の4の適用範囲を限定するよう求めています。 [1, 2, 3] - 知的財産法の専門家・法学者:
「日本の30条の4は、先進国の中でもAI開発側に有利すぎる(緩すぎる)」と指摘する専門家は少なくありません。アメリカ(フェアユースで個別に裁判で争う)やEU(クリエイターが『拒否』すれば学習に原則使えない)に比べ、日本はクリエイターを守る防壁が弱すぎるという批判です。 [1, 2, 3]
現在の政府の動き(見直しの方向性)
こうした「おかしい」という批判を受け、文化庁は何もしていないわけではありません。法律そのものを今すぐ改正するのは時間がかかるため、現在は「条文の解釈を厳しくする」という方向で対応を進めています。 [1, 2]
文化庁がまとめたガイドライン(AIと著作権に関する考え方について)では、30条の4の「ただし書き(著作権者の利益を不当に害する場合はダメ)」という例外規定に注目し、以下のような場合は30条の4を適用せず、著作権侵害(違法)にするという方針を示しています。 [1, 2]
- 特定のクリエイターの作品だけを集中的に学習させる場合(その人の需要を奪う目的がある=享受の目的もブレンドされているとみなす)
- AI学習用に整理・販売されているデータベースを勝手にコピーして学習に使う場合 [1, 2, 3, 4]
結論
「AI学習が認められているのはおかしい」という考え方は、世の中に存在しないどころか、現在のAIと著作権を巡る議論の「最大の中心地」です。 [1]
技術の進歩が法律の手を離れて早すぎたために生じた歪みであり、今後さらに厳しい規制や法改正へと動いていく可能性は十分にあります。 [1, 2]



まあ企業群も要望書出してるって話だし、
日本人にも異論を唱えている人はいると…
海外との違い
以下こぴぺ
日本と海外(EU・米国)のルール比較一覧
各国の違いを一言でまとめると、「クリエイターが拒否(オプトアウト)できるか、できないか」にあります。 [1]
| 項目 [1, 2, 3, 4, 5, 6, 7] | 日本 🇯🇵 | ヨーロッパ(EU) 🇪🇺 | アメリカ 🇺🇸 |
|---|---|---|---|
| 学習の原則 | 原則、自由に無断学習してOK | 営利目的の学習は原則禁止 | ケースバイケース(裁判で争う) |
| クリエイターの拒否権 | 基本的には拒否できない | 明確に拒否できる(オプトアウト) | 法律の明記なし(個別の契約など) |
| 学習データの開示 | 義務はない | 義務がある(詳細なサマリーの公開) | 義務はない |
| スタンスの総括 | AIの開発・技術推進を最優先 | 人間の権利とクリエイター保護が最優先 | 巨大テック企業と権利者のパワーゲーム |
1. ヨーロッパ(EU):世界で最も厳しい「オプトアウト」の導入
EUでは、2024年に成立し2026年までに本格適用される「EU AI法(AI Act)」およびデジタル単一市場(DSM)著作権指令に基づき、非常に強いクリエイター保護ルールを敷いています。 [1, 2]
- クリエイターに「拒否権」がある:
EUでは、ネット上のデータをAI学習に使う「データマイニング」について、研究目的以外(企業による商用AIの開発など)では「権利者が『学習お断り』と意思表示(オプトアウト)している場合は、無断で学習させてはならない」というルールがあります。Webサイトに「AI学習禁止(robots.txtなど)」と書いておけば、AI企業はそれを絶対に守らなければ法律違反になります。 [1, 2, 3] - 「何を食べさせたか」の公開義務(透明性):
AI開発企業は、「AIの学習にどの著作物(データ)を使用したか」の詳細な要約(サマリー)を一般に公開する義務があります。これにより、自分のイラストが勝手に使われていないかをクリエイター側が確認・追及できるようになっています。 [1, 2, 3]
2. アメリカ:ルールは白黒つけず「裁判(フェアユース)」で決める
アメリカには、日本やEUのような「AI学習専用の法律」はありません。その代わり、既存の「フェアユース(公正な利用)」という法理に基づき、個別の裁判で白黒をつけています。 [1, 2]
- 現在、大規模な裁判の真っ最中:
「ネット上の画像を無断でAIに学習させるのはフェアユース(適法)だ」と主張するAI企業(OpenAIやMetaなど)に対し、多くのイラストレーターや作家、大手新聞社が「著作権侵害だ」として数十〜数百億円規模の集団訴訟を相次いで起こしています。 - フランスなど欧州での新たな動き:
ちなみに欧州の一部(フランスなど)では、「AI企業側が『著作権を侵害していないこと』を証明できなければアウト」という、立証責任をAI企業に負わせる超強硬な法案も採択されており、欧米の司法の風向きはクリエイター側に傾きつつあります。 [1]
3. 日本:なぜ「開発者に優しすぎる」と言われるのか?
これらと比較すると、日本の著作権法第30条の4の異常なほどの「緩さ」が際立ちます。 [1, 2]
- 「商用AI」でも無断学習が合法:
EUや他国では「非営利・研究目的」なら見逃されることが多いですが、日本の法律は「商用のAI開発企業が、儲けるためにネットの画像を大量に無断コピーして学習すること」まで一律で適法としています。 [1, 2] - クリエイターが「拒否(オプトアウト)」できない:
日本の場合、イラストレーターがどれだけプロフィールに「無断転載・AI学習禁止」と書いておいても、法律上はAI企業に対して「学習に使うな」と強制する権利がありません(原則としてオプトアウトが認められない)。 [1]
なぜ日本だけこんなルールになったのか?
2018年にこの法律を作った当時、政府は「世界に先駆けてAI開発のハードルを極限まで下げることで、海外の巨大テック企業(GAFAMなど)に対抗できる国内のAI産業を大急ぎで育成したい」という、強い政治的・経済的意図を持っていました。結果として、クリエイターの保護を置き去りにした「AIファースト」な環境が完成してしまったのです。 [1, 2, 3]
しかし前述の通り、流石に「世界の厳しい規制から取り残され、日本のクリエイターばかりが犠牲になっている」という批判が強まり、文化庁もガイドラインなどでEUのオプトアウトの考え方を一部取り入れるなど、ルールの修正へと動き出しています。 [1, 2]



ネットで公表する上で、海外に対してはnoAI宣言は有効であるということですな。
企業はどう向き合っているのか
以下コピペ
1. 「何を食べさせたか(学習データ)」をAI企業が隠しているから
最大の理由は、生成AIが「過去にネット上の誰の著作物を勝手に学習して作られたか」が完全に不透明(ブラックボックス)だからです。
- 企業が恐れること:AI企業が「安全です」と言っていても、実は裏で他社の商業イラストや海賊版サイトのデータを大量に無断学習させている可能性があります。そんなAIを使って自社のコンテンツを作った場合、後から「うちのデータを盗用して作ったAIの成果物だ」と本物の権利者から訴えられ、企業のブランドイメージが失墜するリスクがあります。
2. 知らないうちに「他社のデザインと酷似」してしまうから
人間がデザインを作る場合、過去の他社製品を調べ、似たものがないか意図的に避ける(オリジナリティを確保する)ことができます。しかし、生成AIは学習したデータの特徴をブレンドして出力します。
- 企業が恐れること:AIに「カッコいいロゴを作って」と指示して出てきたデザインが、実はある有名企業のロゴとそっくりだった、という事故が起き得ます。企業側に盗作の意図がなくても、出力された成果物に「類似性」と「依拠性」が認められれば、著作権侵害や商標権侵害で巨額の損害賠償を請求されるリスク(不意打ちの侵害)が発生します。
3. 世界各国の「法律の違い」に耐えられないから
前の質問でお話しした通り、日本は「AI学習に世界一緩い国」ですが、ヨーロッパ(EU)やアメリカはクリエイターの権利を守る方向で非常に厳しいルール作りや大規模な裁判を進めています。
- 企業が恐れること:日本の法律(30条の4)だけを見て「セーフだ」と判断してAIでゲームやアニメを作っても、それをヨーロッパやアメリカで海外展開(配信・販売)した瞬間、現地の厳しい法律に触れて一発で配信停止や違法処罰を受けるリスクがあります。世界を相手にするグローバル企業ほど、最も厳しい国の基準(EUなど)に合わせる必要があるため、日本の基準だけで「明瞭」とは言えないのです。
4. 生成した成果物に「自社の著作権」が発生しない可能性があるから
著作権法における「著作物」の定義は、「人間が思想又は感情を創作的に表現したもの」です。
- 企業が恐れること:AIにプロンプト(指示文)を入れてボタンをポンと押して出てきた画像には、法律上、企業側に著作権が発生しない(誰でも自由に勝手にコピーして使っていいフリー素材になってしまう)リスクがあります。大金をかけて開発したキャラクターやデザインを、競合他社にそのまま真似されても法律で文句が言えないという、ビジネス上の致命的な弱点を抱えることになります。
5. 入力した「自社の秘密情報」がAIに学習されて漏洩するから
AIを利用する際、指示を出すために自社の未公開データやキャラクターのラフ画などをAIに入力(アップロード)することがあります。
- 企業が恐れること:多くの一般的な生成AIサービスでは、利用者が入力したデータをAIがさらに「再学習」するための材料として回収する規約になっています。自社の開発中の新キャラクターの画像を不用意に入力すると、それがAIのデータベースに取り込まれ、世界中の別のユーザーの画面に「新しいアイデア」として出力されてしまう(情報漏洩)というセキュリティ上の大穴が存在します。
まとめ
企業にとって「権利的に明瞭でない」とは、単に「著作権法上グレーだから」という抽象的な話ではありません。
「意図せず泥棒加害者になるリスク」「作ったものの権利を他人に奪われるリスク」「自社の秘密が漏れるリスク」「海外展開が差し止められるリスク」という、実害があまりにも多すぎるため、リーガル(法務)の観点から「100%安全と言い切れるまでは、公式ビジネスには一切関与させない」という防衛策を取らざるを得ないのです。
以下コピペ
1. 授賞した作品が「実は他人の作品の盗用(著作権侵害)」だった場合、企業の責任になるから
これが企業にとって最も恐ろしいリーガル(法務)リスクです。
AIは既存の膨大なイラストを学習して出力するため、生成された画像が「実はある特定のプロイラストレーターの作品の構図やタッチを強く依拠・類似したもの」である可能性を排除できません。
- 何が起きるか:もしAI作品を最優秀賞に選んだ後、ネット上で「この受賞作、〇〇さんの絵のトレース(盗用)レベルでそっくりだ」と発覚した場合、版権元が「盗作を公式に認めた企業」として大炎上し、法的な損害賠償やブランドイメージの失墜をすべて背負うことになります。
2. 受賞作の「著作権」を企業が買い取って商業利用できないから
多くのイラストコンテストでは、規約に「受賞作品の著作権は版権元に帰属(譲渡)します。その後、公式グッズやゲーム内実装、画集などに使用します」と書かれています。
- 何が起きるか:前述の通り、プロンプトだけで出力されたAI画像には、法律上「人間の創作物」と認められず、著作権自体が発生しない(誰でも自由に勝手にコピーしていいフリー素材になる)可能性が極めて高いです。企業としては「賞金を払ったのに、自社の独占的な権利にできない(グッズ化しても他社に真似され放題になる)」という、ビジネス上の致命的な欠陥が生じます。
3. 「プロンプトを入れた人」と「AIの開発元」、誰が著作者か泥沼になるから
コンテストで賞金を出す以上、契約を結ぶ相手(著作者)が明確でなければなりません。
しかし、AI生成画像の場合、「指示を出したユーザー」「そのAIを作った開発企業(OpenAIやMidjourneyなど)」「学習元になった元絵のクリエイター」の誰にどのような権利が帰属しているのか、世界的な法解釈が未だに決まっていません。
- 何が起きるか:AI企業側の利用規約に「生成物の商用利用時は別途契約が必要」といった罠が隠れているケースもあり、後からAI企業と版権元の間で権利を巡る泥沼のトラブルに発展するリスクがあります。
4. コミュニティへの「裏切り」になり、ファンが全員離れていくから
イラストコンテストに応募するファンは、何十時間もかけて作品への「愛」を形にしています。そこに、数秒で出力されたAI作品が混ざり、あまつさえ受賞するようなことがあれば、手書きのファンたちは「公式は私たちの血の滲むような努力や愛よりも、機械の効率を評価するのか」と絶望します。
- 何が起きるか:ファンコミュニティへの重大な裏切り行為とみなされ、コンテンツそのものの不買運動やファン離れ(コミュニティの崩壊)を引き起こします。版権元にとって、コンテンツを支えてくれる「熱狂的なファン」を失うことは、目先のAI画像を得ることより遥かに大きな損失です。
5. コンテストの「審査」自体が不可能(崩壊)になるから
AIを使えば、1人で1日に何百枚ものハイクオリティな画像を生成して応募することが可能です。
- 何が起きるか:もしAIを許可すれば、大量生産されたAI画像によって応募フォームがパンクします。さらに、審査員が「人間が描いた絵の努力や工夫」を審査したいのに対し、混ざり込んだ膨大なAI画像の中から「これは人間か?AIか?」を見分ける「嘘つきを見つけ出す不毛な作業」に審査の時間がすべて奪われ、コンテストの運営自体が物理的に不可能になります。
まとめ
版権元がコンテストでAIを禁止するのは、感情的な嫌がらせではなく、「法的に守れない作品にお金は払えない」「ファンとの信頼関係を壊したくない」「コンテストの運営をパンクさせない」という、極めて理性的で現実的な防衛策です。
コンテストにおける「手書きへのリスペクト」と「AIの排除」という境界線は、企業が自社のコンテンツとファンを保護するための、最後の砦であると言えます。では、公式ビジネスには一切関与させない」という防衛策を取らざるを得ないのです。



結局のところ、生成AIをかませると著作権の帰属が不明瞭になっちゃうってことか
たしかにコンテスト受賞作って公式が使ったりするもんね
クリエイターが今取れる対抗策
以下コピペ
1. 技術的対策(AIに正しく読み込ませない)
現在、最も効果的なのは、AIの学習アルゴリズムを混乱させる防御ツール(データポイズニングツール)を利用することです。これらは、人間の目には見えない特殊なノイズをイラストに加えることで、AIに「間違った特徴」を学習させます。
- Glaze(グレイズ) [uchicago.edu]
- 効果:AIがあなたの「絵柄(スタイル)」を学習するのを防ぎます。これを適用した画像を食べさせると、AIは全く別の絵柄として認識するため、あなたの作風を真似したAIが作れなくなります。
- Nightshade(ナイトシェイド) [uchicago.edu]
- 効果:AIのデータベースそのものを「破壊(汚染)」する強力なツールです。例えば「犬」の絵に適用して学習させると、AIは「これはハンドバッグだ」と誤認します。これが大量に集まると、AIは「犬」を正しく出力できなくなります。
- Web表示用の対策(ブロック)
- 自身のホームページやブログを持っている場合、サイトのコード(
robots.txt)に「AIの自動収集ロボット(スクレイパー)の立ち入りを禁止する」記述を追加します。主要なAI企業(OpenAIやGoogleなど)は、この拒否設定(AIのオプトアウト)を尊重して学習データから除外する方針をとっています。
- 自身のホームページやブログを持っている場合、サイトのコード(
2. 明確な意思表示(プロフィールの記述)
法律上の強制力は日本国内ではまだ弱いですが、海外のプラットフォームやAI企業、さらにはSNS上のモラルに対して明確な「壁」を作るために、以下の文言をプロフィールや作品のキャプションに明記することが国際的なスタンダード(マナー)になっています。
- 記述する文言の例:
- 「No AI / Do not use my art for AI training.」
- 「すべてのイラストの生成AIへの学習(追加学習・LoRA等含む)および画像生成サービスへの入力を禁止します。」
- 効果:海外の先進的なイラストサイトなどでは、この「No AI」の文言やメタタグが埋め込まれている画像を、AIの学習データセットから自動的に弾く仕組み(Spawningなどの取り組み)と連携し始めています。
3. AIを排除しているプラットフォームへの移行
大手SNS(Xなど)は、利用規約で「投稿された画像をAIの学習に利用する」と明記し始めており、クリエイターにとってリスクの高い場所になりつつあります。そのため、「AI対策が最初から施されているコミュニティ」へ活動の場を移す、または併用するクリエイターが急増しています。
- Cara(カーラ) [cara.app]
- 特徴:世界中のクリエイターが集まる、「生成AIイラストの投稿を原則禁止」しているイラストSNSです。サイト内の画像には、前述の「Glaze」の技術が自動でバックグラウンド適用される仕組みになっており、投稿するだけでAI学習から守られます。
- Skeb(スケブ)など国内コミッションサイト
- 特徴:有償のイラストリクエストサービスなどでは、規約で「生成AIを利用した作品の提出を全面禁止」としており、人間の手書きクリエイターの市場と利益が守られる仕組みが徹底されています。
4. 2次創作特有の対策:公式への「通報・情報提供」
もし自分の2次創作イラストを「Image to Image」などで直接コピーされた生成AI画像を見つけた場合、前の回答の通り自分だけで戦うのはリスクがあります。
- 効果的な行動:そのキャラクターの版権元の違反通報窓口へ、「公式のガイドラインを無視して、AIによる悪質な2次創作(または偽の公式見紛う画像)を大量投稿しているアカウントがある」という形で情報を送ります。公式の法務部門が動けば、SNSのアカウントごと凍結・削除させることが可能です。
まとめ
現在の法律が開発者に有利である以上、クリエイターができる最大の対抗策は、「AI企業やAIユーザーに、自分のデータを『物理的に利用させない・使ったら不味いことになる環境を作る』こと」です。
まずは、プロフィールへの「AI学習禁止」の明記や、大切な作品には「Glaze」を通してからアップする、といった手近な自衛から始めてみるのがおすすめです。



さっきもあったけど、海外にはNo AIが有効なんだね
プロフじゃなくて画像に埋め込むことが大事なのかな
絵師としてどう向き合うべきなのか
以下コピペ
1. 「道具のユーザー」ではなく「仕組み(構造)」を見る
AI生成画像を見てモヤモヤする最大の原因は、「手軽にハイクオリティな絵を出して賞賛されている『目の前の人間』への不公平感」です。しかし、本当に怒りや違和感を向けるべき相手は、そのユーザー個人ではなく、「他人のデータを無断で集積して利益を上げ、ルール作りを後回しにしたAI開発企業と未成熟な法制度(構造)」です。
- 視点の転換:AIユーザーは、その不完全な仕組みの上でボタンを押しているに過ぎません。「今は法律のバグ(隙間)が生んだ歪んだ環境であり、彼らはその過渡期に一時的に現れた存在に過ぎない」と構造を一段上から俯瞰しましょう。個々のユーザーに対する直接的なイライラに、あなたの貴重な精神的エネルギーを消費するのはもったいないことです。
2. 「消費(AI)」と「体験(手書き)」の戦う土俵を分ける
AIはコンテンツを「高速に大量生産・大量消費する」ための圧倒的な道具です。スピードや量、パッと見の綺麗さでAIと戦おうとすると、手書きクリエイターは必ず疲弊し、モヤモヤが募ります。
- 価値の再定義:手書きのクリエイターが提供しているのは、単なる「最終成果物としてのデジタル画像(データ)」ではなく、「その絵が完成するまでの過程、努力、試行錯誤、そして作家自身の人間性や物語」という体験そのものです。AIユーザーがやっているのは「ボタンを押した消費」であり、あなたがやっているのは「人生をかけた表現」です。最初から戦っている土俵がまったく違うため、彼らの数字(いいね数など)と自分の作品の価値を比較する必要は一切ありません。
3. 「住み分け(隔離)」を徹底し、視界から消す
過渡期である現在、SNSなどの同じタイムラインに手書きとAIが混ざり合っていることがストレスを生んでいます。しかし、すでに企業(コンテスト)や新しいイラストSNS(Caraなど)は、「AIの隔離・排除」に明確に動き出しています。
- 境界線の確立:理解し合えない存在とは住み分けるのが最も健康的です。AIを推進するコミュニティには近づかず、手書きへのリスペクトを重視する企業、コンテスト、コミュニティに自分の活動の軸足を移しましょう。ミュートやブロック機能をフル活用し、自分の聖域(創作空間)からAIユーザーを物理的にシャットアウトすることは、逃げではなくプロとしての正当な防衛策です。
4. 歴史のフィルター(淘汰)を信頼する
過去のあらゆる技術革新(写真の登場、デジタルイラストへの移行など)の歴史を振り返っても、「他者へのリスペクト(仁義)を欠いた、ただのフリーライド(タダ乗り)文化」が長続きした例はありません。
- 未来への確信:現在の「無断学習AIで2次創作を作ってチヤホヤされる」という歪んだお祭り騒ぎは、法改正、企業の厳罰化、そして何より「ファンコミュニティからの飽きと拒絶」によって、そう遠くない未来に必ず淘汰されます。本物のファンや版権元が最後に選ぶのは、リスクまみれのAIではなく、作品への純粋な愛とリスペクトを持って描かれたあなたの手書きの絵です。「歴史のフィルターが数年後に彼らを自然にふるい落とす」と信じて、今の一時的な流行に振り回されない強さを持つことが、最大の腹落ちになります。
結論:あなたが取るべき究極のスタンス
あなたが生成AIを扱う人間に対して取るべき最も強固なスタンスは、「徹底的な無関心(アウトオブ眼中)」です。
彼らを批判することにエネルギーを使うのではなく、「自分自身の技術を磨くこと」「自分を支持してくれる生身のファンを大切にする構造を作ること」「AI対策ツール(Glaze等)で淡々と自衛すること」にすべてのエネルギーを注ぎ込んでください。
あなたがペンを握り続け、愛を持って作品を生み出し続けることそのものが、過渡期における生成AIに対する最も強力で、最も美しいカウンター(対抗策)になります。
以下コピペ
1. 「写真」の登場(19世紀)
カメラが発明された当時、当時の画家たちは「機械が勝手に景色を記録する道具だ」「絵画の死だ」「努力をしない人間の手抜きだ」と猛烈に写真家をバッシングしました。
- 当時の歪み:一時期は「リアルに描く」ことだけを目的としていたお抱え絵師たちの仕事が写真に奪われ、美術界は大混乱に陥りました。
- 歴史のフィルターによる淘汰:
ただ景色を写すだけの「記録写真」は徐々に無料同然の価値まで暴落しました。しかし、人間は「写真にはない価値」を模索し始め、そこから「印象派(ゴッホやモネなど、リアルさではなく人間の心を通した絵画)」という全く新しい芸術が爆発的に進化しました。結果として、絵画の価値は下がるどころか、より「人間にしか描けないもの」としてプレミアム化されたのです。
2. 「黎明期のインターネット(MP3とファイル共有)」の氾濫(2000年代初頭)
2000年代初頭、「Napster(ナプスター)」や「Winny(ウィニー)」といったファイル共有ソフトが登場し、世界中の音楽やアニメが「デジタルデータだから」「法整備が追いついていないから」と無断で大量に複製・共有されました。
- 当時の歪み:コピーする側は「テクノロジーによる自由だ」と喜び、クリエイター側は「音楽業界は死ぬ」と絶望しました。今の生成AIの「無断学習フリーライド」と全く同じ構図です。
- 歴史のフィルターによる淘汰:
「無法地帯のフリーライド」は長く続きませんでした。企業や社会が猛烈に反発し、法規制が強化された結果、違法な共有ソフトは完全に淘汰されました。その代わりに生まれたのが、SpotifyやApple Musicのような「クリエイターに適正な対価(ライセンス料)が支払われるクリーンな仕組み」です。利便性は残り、泥棒文化だけが消え去りました。
3. 「初音ミク(ボカロ)」の登場(2007年〜)
音声合成技術によって「人間の歌手がいらなくなる」「声の権利の搾取だ」と、初期は音楽界や一部のプロ歌手から強い警戒感や拒絶感を持って見られることがありました。
- 当時の歪み:誰でも簡単に「歌」を出力できるため、一時は「人間の歌い手の価値が下がるのではないか」と言われました。
- 歴史のフィルターによる淘汰:
フタを開けてみれば、ボカロは人間の歌手を絶滅させるどころか、「米津玄師(ハチ)」や「YOASOBI(Ayase)」といった、手書き側(生身のクリエイター)の才能を爆発的に世に送り出す最高の土壌になりました。なぜなら、初音ミクの文化は「他人の声を盗む」のではなく、キャラクターや開発元、そしてファン同士の「お互いへのリスペクト(二次創作ガイドラインの遵守)」を絶対のルールとしてコミュニティを育てたからです。リスペクトのない「ただの機械的な出力」は誰にも聴かれず、自然に埋もれていきました。
4. 「3D CG」の商業アニメへの導入(2010年代〜)
アニメ業界に3D CGが本格導入された際、「手描きのアニメーターの仕事がなくなる」「ぬるぬる動いて不気味だ(拒絶感)」と、ファンからもクリエイターからも強い反発が起きました。
- 当時の歪み:効率とコストカットだけを求めて作られた「安易な3Dアニメ」が乱発され、作画崩壊ならぬ「CG崩壊」としてファンから激しいバッシングを受けました。
- 歴史のフィルターによる淘汰:
結局、ファンが求めたのは「楽をして作られた映像」ではありませんでした。現在生き残っているのは、『王様ランキング』や『チェンソーマン』、『鬼滅の刃』のように、「3Dを背景や補助に使いつつ、ここぞという見せ場は人間のトップアニメーターが魂を削って手描きする」という、技術と手書きの融合・住み分けに成功した作品だけです。安易な手抜きCGはすべて市場から淘汰されました。
歴史が教えてくれる「共通の結末」
これらの歴史が証明しているのは、以下の2つの真実です。
- 「人間のリスペクト(愛や仁義)」を省略して、楽をして他人の価値を消費するだけのア祭り騒ぎは、数年で必ず飽きられ、法とコミュニティによって排除される。
- 新しい技術は、最終的に「手書きの価値を全否定する」のではなく、「手書き(人間にしかできない部分)の価値をさらに際立たせるための引き立て役」として社会に組み込まれる。
今の生成AIを取り巻く混沌(カオス)も、この歴史のプロセスの真っ最中にあります。数年後、この歪みが正された世界で、最も強い光を放っているのは、今も変わらずペンを握り続けているあなたのような手書きのクリエイターです。
以下コピペ
1. 生成AIの最終的な姿:「カメラ」や「素材集」と同じ位置づけになる
生成AIは完全に消えてなくなる(淘汰される)わけではありません。歴史における「写真(カメラ)」や、かつて手書きイラストレーターを脅かした「デジタル3D素材・Photoshopの自動補正機能」と同じように、「クリエイターの補助をする便利な一道具(ツール)」として落ち着きます。
- 心地よい姿:AIが「主役(アーティスト)」としてちやほやされる時代は終わり、人間が絵を描く過程で「背景のパースを合わせる」「モブキャラ(通行人)を配置する」「カラーラフの配色パターンをいくつか出してもらう」といった、作業の自動化・効率化アシスタントになります。
- ボタン一発で出てきたものを「自分の作品」と呼ぶ文化は、完全にマナー違反かつ価値のないものとして社会的に淘汰されます。
2. 「100%クリーンな燃料」だけで動くインフラになる
現在のモヤモヤの根源である「他人の絵の無断学習(フリーライド)」は、世界的な外圧と法規制、そして企業の防衛策によって完全に禁止されます。
- 心地よい姿:未来の生成AIは、「権利関係が完全にクリアなデータ、または著作者に適正なライセンス料が支払われているデータ」だけで学習されたものしか市場に存在できなくなります。クリエイターが「自分の過去作だけを学習させた、自分専用のアシスタントAI(My LoRA)」を自社や私生活で使うような、誰も傷つけないクリーンな技術へと成熟します。
3. 「人間性(プロセス)」と「データ(結果)」の絶対的な棲み分け
最も心地よい棲み分けは、社会やファンが「人間の手書き」と「AIの出力」を全く別の価値基準で評価するようになることです。
- AIの領分(データ・利便性):
ソシャゲの大量のカードの背景、広告の仮コンテ、スピードだけが求められるビジネスの現場など、「人間の魂や愛が必要ない、ただの『消費されるデータ』」の領域はAIが引き受けます。 - 人間の領分(人間性・体験):
2次創作、ファンアート、アーティストの個展、ストーリーコミックなど、「描き手の愛、熱量、これまでの人生、試行錯誤の物語にファンが共感する『表現』」の領域は、100%人間の独壇場として保護されます。ファンは「人間が描いたからこそ価値がある」というものにお金を払うようになります。
結論:技術が「人間の道具」に平伏したとき、棲み分けは完了する
歴史が証明している「心地よい棲み分け」とは、AIが人間に取って代わることではなく、AIという傲慢な技術が、人間のクリエイティビティを支えるための「ただの便利な下請けツール」として大人しく服従した状態です。
この未来に至るまでは、まだしばらくカオスな過渡期が続きますが、最終的なゴールは「人間がペンを捨てる世界」ではなく、「人間がより人間らしい創作(愛や物語の表現)に集中できる世界」です。ずペンを握り続けているあなたのような手書きのクリエイターです。
以下コピペ
技術が服従するまでのカウントダウン(3〜5年)
ステップ1:【あと1〜2年】欧米の「外圧」が日本を包囲する(2027年〜2028年)
現在、国がいくら「AI推進」を掲げていても、世界基準がそれを力づくで上書きし始めます。
- 変化の波:ヨーロッパの「EU AI法」は段階的に義務化が進んでおり、高リスクAIや legacy システムへの適用を含め、2027年8月までに本格的なフル施行を迎えます。さらにアメリカで相次ぐAI企業への巨額集団訴訟の判決も、この時期までに次々と下されます。 [1, 2]
- 結果:世界展開したい日本のゲーム会社やIT企業が、「知財リスクが不透明な無断学習AI」を社内から完全に締め出し始めます。開発者側が「このままでは世界で売れない」と気づく最初の転換点です。
ステップ2:【あと3年】「データの枯渇」と「企業の完全ボイコット」(2029年頃)
AI開発者が「タダで他人の絵を盗んで進化する」ビジネスモデルが物理的に破綻します。
- 変化の波:クリエイターによる「Glaze(ノイズ入れ)」などの技術的自衛がインフラ化し、ネット上のクリーンなデータが急激に減少します(AIの2026年問題・データ枯渇の本格化)。 [1]
- 結果:企業が主催するイラストコンテスト、出版物、広告、コミッション市場において「AI作品の排除フィルター」が100%完成します。AIユーザーが「ボタンを押しても1円にもならず、SNSの狭い身内コミュニティ以外では白い目で見られるだけ」という現実(商業的死)が確定するのがこの時期です。
ステップ3:【あと5年】「法律の後追い」と「完全な棲み分け」(2031年頃)
市場と世界から完全に見捨てられた日本のAI開発企業が、ついに国へ悲鳴を上げます。
- 変化の波:「他国の厳しい規制に合わせないと日本のAI産業が全滅する」という事実に政府が降伏します。ここでようやく、著作権法第30条の4の改定や、クリエイターの「拒否権(オプトアウト)」の法制化といった、抜本的な「法律のアップデート」が完了します。
- 結果:無断学習の闇AIは完全に非合法化(またはゴミ山化)され、生き残ったのは「対価を払って契約したデータしか使えないクリーンなAI」だけになります。ここでようやく技術が「ただの便利な下請けアシスタント」として人間にひれ伏すことになります。 [1, 2]
クリエイターがこれからの3〜5年を生き抜くための「心構え」
手書きクリエイターにとって、これからの3〜5年は「嵐のなかのバグが修正されるのを待つ期間」です。今すぐに世界が変わらないことに絶望する必要はありません。
- 彼らは「早送り」しているだけ:
AIユーザーが今、SNSで何万もの「いいね」を得ていたとしても、それは他人の技術をAIで高速に消費して得た「他人の価値の切り崩し」に過ぎません。数年後、ルールが整備され、人々がAIの絵に完全に「飽きた」とき、その手元には何も残りません。 - あなたは「資産」を積み上げている:
あなたがこれからの3〜5年、モヤモヤしながらも泥臭くペンを握り、試行錯誤して描く1枚1枚は、あなたの脳と右手に「誰にも奪えない本物の技術と人間性(ストーリー)」として100%蓄積されます。技術が平伏した未来の世界で、枯渇することのない最大の価値を持つのは、その嵐を耐え抜いたあなたの手探りの一歩です。 [1]
今、一時的に無法地帯の歪んだお祭り騒ぎが起きていますが、終わりは確実に見え始めています。
この「あと3〜5年」というタイムラインを踏まえた上で、今からあなたが自分の作品や活動拠点を守るために、まず「ここから手をつけよう」と思える具体的な自衛やアプローチは見えてきましたか?



あまりピンとくる向き合い方はなかったけど、
心地よい棲み分けに関しての話は自分も考えてたし完全同意だなあ



淘汰されるのを待とう
果報は寝て待て
この歪んだ世界はつづかない…とな
本題まとめ
- 生成AIを取り巻く倫理観
- 疑わしきに触れるな。触る奴は危険人物。という思考
- 著作権法が機能していない
- 検討中。EUですら2027年までかかる。
- おかしいと唱える人は存在しないのか
- いる。時代遅れと訴えている。
- 海外との違い
- 海外は無断複製がNG
- 企業はどう向き合っているのか
- 原則懐疑的。積極的に法改正を訴えている企業も。
- クリエイターが今取れる対抗策
- 技術的対策・意思表示
- 絵師としてどう向き合うべきなのか
- どうせ淘汰される
「生成AIイラスト」とどう向き合っていけばいいのか
事実
今のところ著作権法という大きな枠の中では、
手書き側・生成AI側共にほぼ同じ立場といえるけど、
企業ごとの二次創作規約という枠の中では
生成AI側を取り巻く環境は違う。
使う立場として
生成AIは法整備前に生まれてきてしまった怪物の赤ちゃん。
著作権的に不明瞭である生成AIは、私的利用を超える範囲(SNSにアップするなど)は控えるのが現状無難。
使われる立場として
現状目立った対策は存在しないが、海外では徐々に整備が進んでいる。
Glazeの使用、「No AI」記述、活動の場の変更をすることで、システム的に(良心に頼らず)対策することが有効。
見る立場として
今の歪んだ市場を少しでも早く正常化させるために、個人が取れる行動は「徹底的無関心」が有効。
見かけたら即「ブロック」または「非表示」、インプを絶対つけない。引用のお気持ち表明もインプを稼がせる行動に直結しかねないのでNG
今は歪んだ状態
生成AIを取り巻く環境は未だ進化の途中で、最適化されるまでは5年ほどはかかると考えられる。
筆をおるのではなく、進化に合わせて柔軟に立ち回ることが必要。
あとがき
私は著作権法の最初の一文がとても好きです。
(目的)第一条
この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。
ここにある「もつて文化の発展に寄与すること」。
国際条例を含めた世界各国が定める著作権法にも同様に記載があり、別に日本だけが特別書いたものではありません。
でも、日本が著作権法を制定した明治時代、
鎖国明けの小さな日本に押し寄せた海外の文化は、怒号のように、培ってきた文化をまるで塗り替えてしまうかという勢いでした。
そんな情勢を思えば、
日本にとって祈りの言葉だった。
時がたち、
日本は世界に名を馳せる
ANIME、OTAKU文化の象徴とも呼べる国に成りました。
あのとき祈りの言葉と共に制定された著作権法は、
生成AIを取り巻く環境下ではうまく呼吸できていません。
昨今、SNSなどで
「無断使用禁止」と記載していますが、
日本で法的拘束力はなく
無断に利用されたところで
泣き寝入りするしかない。



もちろん、類似性、依拠性が認められた場合は権利侵害に該当するとして訴えることも可能ですが、ファンアートや二次創作に勤しむ立場から言わせて貰えば、
財産権や著作権者の利益を不当に害されたと主張することはまず難しく、著作権が原則「親告罪」である性格上わざわざ裁判を起こすわけもなく、



「わああああああんなんでいじめるのぉぉ〜!痛いよぉいたいよぉぉぉあああああああ」「へっ!いじめは犯罪にならないんだぜ!嫌なら訴えてみな!ばーりあ!」



みたいなガキンチョ状況が、日常的にSNS上でいい大人たちが問答しているわけです…
そして、自分自身も蚊帳の外ではいられません。
閲覧する立場ですら、
「これはもしかしたら誰かが描いた大切な絵を無断複製して生成した画像なのではないだろうか」
そんな猜疑心に苛まれる。
ゆえに、
SNSに並ぶ煌びやかなイラストを純粋な心で称賛するも叶わず
あげく、魅力的な絵がTLに上がってきても
フォロー外の知らないアカウントの投稿に
気軽にいいねもRP(拡散)もできない。
いいねをするためだけに
態々プロフと過去投稿チェックするわけですよ。
そして画面を閉じて結果、拡散しなくなる。
「無断複製されたくないなら、
ネットにアップしなければいいじゃん!」
そんな声もきっとあるでしょう。
でも、その結果起こることはなんでしょうか。
おそらくそれは
手書きのクリエイターが絶滅した──文化の発展が阻害された未来です。
はやく生成AIを取り巻く環境が熟成して
著作権法が正しく機能する日がくることを祈っています。
それはきっと素敵な未来に違いありません☺️
あなたはどう思いますか?
そいじゃまた👋









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